- 仕事で疲れた・・
- なんか恋人に気を使って疲れた・・
- 会議でプレッシャーを感じて、終わったらドッと疲れた・・
などなど、生きている中で疲れることは誰だってあることです。
その中でも最強に疲れた状態は、人生そのものに疲れてしまった状態なのかもしれません。
周囲にマジで人生に疲れたということを淡々と言い続けていると
みたいに思われるかもしれませんが、悩んでるあなたからしたら結構大きな問題ですよね。
でも、これが続くと下手すれば生きている事そのものに疲れてしまいかねません。
そこでここでは、人生に疲れたと感じた方々の「人生に疲れたと感じた理由」をもとに、
- なぜ僕ら人間は人生に疲れるのか?
- その時だからこそ考えた方がいいこと
この2点を解説していきたいと思います。
人生に疲れた・・エピソード12選
その1. 毎日同じことの繰り返しに疲れました
結婚して子供が生まれてから生真面目な私は、子供のことを考えすぎてしまう傾向があり、何度も人生疲れたと思ったことがあります。
小さい頃は、イヤイヤ期などで肉体的に疲れることが多かったのですが、
小学生に入ってからは、毎日の勉強をみるのと子供の友達関係に悩み、人生疲れたなと思ってしまうことが多くなりました。
自分のことならいくらでも頑張れたし、我慢もできたのですが、子供を育てるのは今までの人生で一番難しく、責任があることだと思います。
子供はもちろん可愛いですが、子供の世話で人生が終わってしまうような・・
子供の人生も、自分自身の教育にかかっているような・・
そんな重圧に潰されてしまいそうな時があります。
そんな時はただただ人生がいい方向に進んでいくよう願い、そして少し気持ちを楽に・・とあまり考えすぎないように、自分の楽しみも家族一緒の楽しみも増やして頑張っています。
その2. 収入が激減して、途方にくれていたとき
次男が生まれてすぐの年に、会社の業績が悪くて、夫のお給料が激減しました。
ボーナスはもちろん大幅にカットされてしまい、当時住宅ローンを組んでマンションも購入したばかりだったので、どうすればいいかわからず途方にくれてしまいました。
次男もまだ赤ちゃんで、ミルクやおむつ代がかかり、長男も2歳でどこにも預けることはできず・・
私が働けずこのまま住宅ローンも払えず、家庭が破綻してしまうとさえ思いました。
それまで当たり前だった外食ができず、洋服も買えなくなり、節約する日々を送り、もう人生疲れた…と思うようになりました。
それから数カ月落ち込みましたが、私は在宅でできる仕事を見つけ家計の足しにし、夫のお給料も1年後にはもとのお給料に戻りました。
あの時、人生に疲れてどん底でしたが、頑張ってよかったと思います。
その3.夫と喧嘩ばかりをしていたこと
夫が関西に転勤することになり、私は子供たちの幼稚園や保育園や私の仕事の関係で、今の自宅に残りたいとお願いしました。
ただ、夫は家族皆でついてきてほしいと言ってきて転勤の日まで毎日、夫と喧嘩をしていました。
夫の関西での任期は2年ということもあり、家族で引っ越すことは意味がないと思っていましたが、夫は納得してくれずお互い物を投げたり、食器を割ったりするまでのけんかに発展していました。
割れた食器を夜中に一人で片付けていると、
人生疲れた…もう何も考えたくない…
と思ってしまいました。
また、両親の喧嘩の様子を見て、子供たちも夜泣きするようになり、私も寝不足が続き、疲れきってしまいました。
結局夫は単身で関西に行き、私もこのまま別居したいと思いましたが、きちんと仲直りして今は仲良く生活ができています。
その4.学生の頃にいじめにあった時に
私は元々目が細く目つきが悪い方でした。
人見知りもするタイプで、本当に心を開いてる友達としか基本的に話をしませんでした。
授業中に、たまたま目線をやったところにクラスの中でも活発なうるさいタイプの女の子と目があってしまい、私はびっくりしてすぐに目線をそらしたのですが、
それが睨まれたと思われてしまったようで、それからその子から嫌がらせを受けるようになりました。
物をハッキリ言うタイプの子でしたが、直接私に文句を言ってくることはなく、
クラスのみんながいるところで大声で、私に聞こえるように悪口を言ってくることが多かったです。
最初は、関わりたくなかったのでひたすらに無視をしていましたが、私の仲のいい子にまで聞かれることに耐えられなくなってきていたときに、人生に疲れたと思っていました。
私はとにかく毎日1日が早く終わるように祈りながら学校に通い、どうしても耐えられないときは日記に自分の思いをつづるようにしていました。
その5.子供が発達障害で疲れました
子供が3歳の頃に発達障害が分かりました。
こだわりが強く自分のしたい事や興味ある事に没頭しすぎて、他のことをさせようとするとカンシャクをおこし、ギャーギャー泣かれるたびにうんざりしたり疲れました。
電気のスイッチを、つけたり消したりを何度注意しても同じことの繰り返しで
イライラしますし本当に疲れます。
簡単な会話ができますが、まだスムーズな長い会話のやりとりが出来ず、理解力も低いので本当に毎日疲れます。
ですが頑張って子育てしなければいけないので、いろいろ子供に分かりやすい言葉がけの工夫などを取り入れています。
健常児の子育てはラクだろうな、何てよく考えてしまいますが、私は発達障害の子供と毎日歩んでいかなければならないので考えるだけでも疲れてしまいます。
自分の辿ってきた道じゃないので障害児の子育てに行き詰まりしてしまいます。
その6.ゆとり世代の指導の難しさ
幼稚園教諭として働いていましたが、とにかく職場がブラックでした。
朝は8時からなのに、それより前に来て準備をして、17時に定時でタイムカードを押した後、残業して、帰ってからも持ち帰り仕事に追われる毎日でした。
上下関係も厳しく、女の職場ならではの妬み嫉みもあり、とにかく精神的に疲れていました。
自分の仕事をこなすので精一杯で疲れ切ってた中、私の下についた後輩がとにかく大変な子でした。
THEゆとり世代という感じで、言わないとやらない、言ったことしかやらない、気は使えない、ホウ・レン・ソウができないなど…。
それでも私の下についた子なので、しっかりと面倒見なければと奮闘していましたが、とにかく要領も悪く、提出期限も守れないような子でした。
私が先輩に怒られることもしばしば、もう疲れ切っていて、教諭としての仕事も嫌になり、職場も悪いので、もう年度が終わったら辞めようと心に決めていました。
すると年度途中のある日、突然その子が、もうこの職場は嫌だと言ってこなくなり、振り回されるだけ振り回されて終わりました。
7.子供のカンシャクに付き合って毎日疲れます
子供が生まれてから必死で子育てをしていました。
小さい頃から良く泣く子でそれなりに大変でしたが、最近になって言わゆるイヤイヤ期に突入してちょっとしたことですぐにカンシャクを起こすようになりました。
自分で着替えをしていても上手く着られないと大泣きして暴れまくります。
他にもちょっと気に入らないことや思い通りにいかないことがあるとすぐにギャーとなります。
それが毎日、しかも常になのでこちらもイライラして怒鳴り、さらに子供が泣くという悪循環が起きています。
人生でこんなにイライラすることも怒ることもなかったので毎日とても疲れます。
子供を怒ってしまったことにも後で反省して自己嫌悪に陥ります。
イヤイヤ期がずっと続くわけではないとわかっていますが、今は終わりが見えなくて毎日しんどいです。
とにかく平和な日が早く戻ってきてほしいです。
8.妻が半年前になくなり、先が見えなくなりました。
私たち夫婦は、結婚して7年が経ちました。
しかし妻が2017/12/16日に肺炎を起こし無くなりました。
その後、葬式の準備や役所や引っ越しとやる事が沢山ありました。
忙しい間はなにも感じていなかったのですが、気持ちにゆとりが出てきたときに、妻が亡くなったショックに襲われました。
私は人生に疲れた事と、この先生きていてもしょうがないと思い、
睡眠薬を大量に飲んで、自殺を図りました。
しかし・・気が付いたら病院でした。
私は、それからいろいろ考えて生きる事にしました。
それでも、やはり妻の事が忘れられなくて、夜になると
いろいろな思い出が頭に浮かび、泣いています。
いまだに妻の死を受け止められません。
自分がどんどんおかしくなっていると思い、心療内科
に通っています。
これも、生きていく為に必要な事だと思いました。
先生は、妻がなくなったショックで、鬱になったと
言っていました。
正直、いまでも妻の居ないこの世界で生きていくのは、しんどいと感じています。
9.人の物が羨ましい真似っこ女性。
私が人生に疲れるのは人間関係です。
性格の悪い人には多々出会いますが、人の持ち物をチェックして噂する人にはとても精神をやられました。
他人がどんな物を持っているのか興味津々で、少しでも変化があると指摘してくるんです。
最初は「そのバッグ可愛いですね」から始まり、次の日には私の物と同じ物のバッグを購入したようで、
「これ、どう?」と見せてきました。
はじめのうちは「可愛いね」と言葉を返していたのですが、それから靴や洋服アクセサリー等全てを真似されるようになってきました。
私のお気に入りのブランドのものまで全てです。
人のものだと思うと羨ましくてたまらなくなるようで、物だけではなく、人(私の彼氏)にまで、手を出してきました。
というのも、どうやら私の彼氏を見つけて、電話番号を聞いたらしいんです。
それからというもの、私はその「真似っこ女性」を避けるようになり、こちらがこっそりと隠れるようになりました。
何だか、私の方が悪い事をしたみたいです。
人生に疲れを感じた瞬間でした。
その10.お見合いで婚カツ疲れ。
私は恋活、婚カツをしている女性です。
何度もお見合いをしているのですが、婚カツ疲れを感じています。
そして、出逢いを求めていてとても困ったこと、それは身なりが汚い不潔感を感じる男性とお見合いをしなくてはならなかった事です。
「貧乏神」「死神」などのイメージはどのようなものか・・きっとこういった風貌の事を言うんだろうな・・と思ったくらいです。
- 黒い穴の空いたライダースに無精髭。
- 髪の毛もしばらく切っていない様子。
- 少し猫背で痩せている。
実際にこんな身なりの汚い人がいた場合は、誰しも敬遠して近づかないようにして距離をとろうとするのではないでしょうか。
臭かったり、不潔感が漂っていたら尚更です。
というのも、以前勤めていた職場で大変お世話になっていた上司が、男性を連れてくるというので期待して行ったらまさにそのような男性がきたんです。
非常にガッカリしました・・
なんだか疲れたなと思った瞬間でした。
その11.子供のイヤイヤ期で人生で疲れた・・
子供が2歳半の時のイヤイヤ期に人生疲れた…と思いました。
それまではいつもニコニコしていて、泣いてもすぐ泣き止むし、公園に行っても「帰るよ」と言うとすぐにベビーカーに乗る子でした。
でもイヤイヤ期に入ったとたん全てが一変しました。
朝から「イヤ」と泣き、着替えるのも、ご飯食べるのも、寝るのも全てが「イヤ」で囲まれました。
どの本にも子供の成長。怒らず見守る。と書いていますが、私はそんなに出来た人間じゃありません。
旦那は子供に朝しか会わないため「成長のしるしだね」と呑気に言うくせに、
休みの日に子供がグズると「もう泣くな!」と怒っていたので頼りにもなりませんでした。
私の誕生日に、「何が欲しい?」と聞かれ即答で「一人の時間」と答えましたが未だに実現していません。
イヤイヤ地獄と怒れないイライラで心がボロボロになったときに、子供から隠れるように台所の隅で小さくなり
「人生疲れた…もう消えたい…」と感じました。
楽しく怒らず見守る育児をしようとしましたが、そうしようと強く思うほど空回りで疲れていたのだと今は思います。
その12.横領したと疑われた時
私は3年間家族経営の中小企業で事務員として働きました。
お金の管理は社長の奥さんがしておりましたが、1年経った時にお金の管理を半分任されました。
私は信用してもらえたんだと喜んでいました。
働き始めて2年半のある日奥さんが私に
「お金を盗んだでしょう。帳簿が合わない!!」
と怒鳴ってきました。
私は身に覚えがなく、取っていないと言っても聞く耳を持ちません。
書き忘れがないか帳簿を見せてもらい 一つ一つ確認計算していくと、奥さんの字で計算ミスを見つけました。
その事を報告すると謝りもせず
「そう。」
とだけ言われました。
そのときは怒りとかは無く呆然としました。
信頼してくれてると思って働いていたのに、お金を盗んだと難癖をつけられ精神的に疲れてしまいました。
その事を両親に相談してそんなところ辞めてもいいと背中を押してくれたおかげで、時間は掛かりましたが無事退職出来ました。
なぜ、僕らは人生に疲れるのか?
さて、ここではありとあらゆる人生に疲れた人たちのエピソードを紹介してきましたが、見てみると「確かに!それだと疲れちゃうよねぇ」と思うことが結構ありましたよね。
人生に疲れる理由はひとそれぞれ違いますが、ただこれだけは言えるのは、人生に疲れたと感じる人は、
自分ではどうしようもできない事をなんとかしようとしている
傾向にあります。
僕らはどうやっても自分以外のものを変えることはできない生き物です。
たとえ必死に、熱意をもって
- 「ああしろ!」
- 「こうしろ!」
- 「なんでこうしてくれないの?」
- 「ああしてくれないの?」
- 「こんなに自分は頑張ってるのに・・・」
と言っても変わってくれることはないのです。
逆に、こういうことを言うほど周囲はかわってはくれません。
もし、僕ら人間が自分以外のところでできることがあるとすれば、ちょっとしたキッカケを与える程度のことぐらいなんです。
ちなみに、誰かのために何かをして効果があるのは、『自分の余力が残っている時』ですから、まずは自分をある程度大切にするようにしましょう。
その上で、自分ではどうしようもない部分は軽くきっかけを与える程度のことをしてあげるくらいなテンションがちょうどいいかなと思います。
そして、あなたが誰かのために自分を犠牲にして「不幸の上に誰かの幸福がある」というようにすることを、あなたの身の回りの人も望んではいないはずですからね。
もちろん、人生に疲れたなんて言わないで!
なんてことは言いません。
人はだれしも人生に対して疲れたなぁと思う事くらいありますからね。
疲れたとしてもいつか道が見えるという希望をもってくれればそれだけでいいんです。
だって、疲れたと思ってそのままにするか、いつかは立ち上がろうと思うのか、それは自分で選ぶことができますから。
自分はきっと疲れた経験から何かをみつけることができるんだ!ということを少しでも頭の片隅にでもいれておいてくれれば嬉しく思います。